還暦を迎え心新たに

  2月7日は私の誕生日でした。早いもので、私も人生の大きな節目になる還暦を迎えました。長寿の心得に、「60歳でお迎えに来たら、只今、留守と言え」とありますので、まだまだこれから生きていくぞ、と決意したところです。幼い頃、60歳というと、腰は曲がり白髪になり、ずいぶんと老人に見えたものですが、今日ではまだまだ現役であり、仕事に打ち込んでいる人が多いので、長寿という実感がなかなかわいてこないのも事実です。人間の寿命は毎年長くなりましたが、これも栄養状態や住環境がよくなったことが原因にあるように思います。これまで元気で生きてこれたことに対して感謝の気持ちでいっぱいです。これまでの私の人生を支えてくれた両親や家族、同僚、友人、親戚、恩師など、本当に多くの方々に心から有り難うと伝えたいと思います。

  過ぎ去ったこの60年間を振り返ってみると、歩んだ私の人生は、本当に幸福なことに素晴らしい先生に恵まれていたと感じています。私が生まれ育った信州・松本は、周囲が高い山々で囲まれていたため、四季折々の珍しい生物を身近に観察することができました。小中学校時代は、自然豊かな環境の中で、特に昆虫の生き方に興味をもつようになり、週末になると、チョウの採集に明け暮れ分布調査をしていたものです。当時、安曇野には、高山チョウの生態研究にエネルギーを注いでいた故・田淵行雄先生が居を構えておられ、北アルプス常念岳を中心にして精力的に新たな高山チョウの生態を解明していました。私は、先生のこうした自然への愛と科学者としての洞察眼に深く感銘を受けていました。先生の研究によって日本に生息する高山チョウの生態がすべて明らかになったのでした。

 
そして、高校時代はアゲハチョウ属の進化学的な研究を行うために、当時、カブトエビの性の分化に関する研究で有名であった故・秋田正人先生の薦めで名古屋大学理学部の故・福田宗一先生の研究室にまで汽車に乗って何度か足を運び、雑種の作り方や昆虫の変態ホルモンについて学ばせて頂きました。福田先生は世界ではじめてカイコを用いて変態ホルモンの実体を明らかにした有名な教授であったにも拘わらず、高校生の僕に対して懇切丁寧にお話して下さいました。このときから、将来は昆虫学者になって、生物の研究に専念したいという強い気持ちが芽生えていました。

 
大学や大学院に進むと、私の研究分野は動物行動学になり、特にチョウの示す行動の意味そのものに関心を抱くようになっていました。特に、ヤマトシジミという小さなシジミチョウの配偶行動に関心を抱き、オスとメスのコミュニケーションシステムを生理的に解析していました。この研究成果はチョウの図鑑にも引用され、今は本当に嬉しく感じています。また、昆虫の食物選択にいかなる因子が関わっているのかについても調べていました。このような分野に進んだのは、故・日高敏隆先生のご指導があったからでした。その後、先生は、京都大学教授や滋賀県立大学の初代学長を務められ、多くの生物学者を育てられました。やがて、埼玉医科大学で教員のポストを得た私は、これまで研究材料にしてきた昆虫の免疫学的研究に興味をもち、特に異物を捕食して処理する細胞性免疫のしくみを解明し始めたのでした。

 
現在、私は人間の健康を支える生体機能と音楽情報との関係を調べています。こうして過ぎ去った人生を顧みると、本当に良き先生の影響を受けてきたなあと思います。人の生き方は千差万別ですが、私の場合は、ただひたすらに興味をもつことに没頭してきたのだと思います。このように自由に自分の好きなことができたのは、両親の温かい理解と愛情があったからこそでした。今日は、60歳となり改めて両親にもっとも感謝したいと思う1日でした。

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